冷たい花 #04

雲ひとつ無い空の下で、砂利の中に散らばった石英がかがやいている。
足音には時折、ちりり、と鈴の鳴るような響きが混じり込んだ。

数間後ろで、下駄が大きめの石を踏むたび、からん、と高く哭いた。

 

「…どこまでついて来る気かな、あいつ」
アキラの問いに答えは返らない。苛ついた指が、狂の鎧の背を叩いた。
「なあ、狂」
「…ほっとけ」
言うと思った、とアキラは呟き、ちらりと背後を盗み見た。
秋の花の白や紫よりもよほど鮮やかなその色彩は、嫌でも目を引く。

「…おいアキラ、昨夜あいつと何があったんだよ?」
梵天丸が横合いから口を出した。
アキラはその視線を避けた。言えるものか。
「……何もねえよ」
あのまま戦っていたら、おそらく敗けていた。いや、それどころか。

―――簡単すぎ。

あの時。
漢はアキラを殺せたはずだった。

(…狂の前で)
そんなこと、言えるものか。

 

 

やがて道が狭まってきた。両側から迫る切り立った崖が、無言で彼らを威圧する。
狂が先に立ち、梵天丸がそれに続いた。

「目の前歩くなよ、道が見えねえだろ!」
殿[しんがり] からアキラが抗議した。
「あ? だったら黙ってオレについて来いや、チビッコ」
「チビッコじゃねえ! 大体オレはお前じゃなくて狂に…」

アキラは言葉を止めた。
梵天丸が顔を上げる。

鬼眼の漢は、蠢く気配を探った。長い黒髪を風が浚う。
軽く目を伏せたその様は、ただ風の音を聴いているかに見える。

十人か、と梵天丸は隻眼を細めた。
「いや」
狂が天を仰ぐ。口許には微笑が浮かんでいた。
「後ろにもう三人、だな」

言い終わらぬうちに、頭上の岩場から影が降った。
「見つけたぞ、鬼眼の狂!」
覚悟しろ、とか、その首貰ったとか、いい加減聞き飽きた台詞を口々にばらまきながら、黒づくめの男たちは先頭を行く狂に襲いかかった。
「朝食後の運動にゃもってこいだなあ、オイ!」
梵天丸が振りかざした木刀の先を、鬼眼は左手で止めた。

「―――ご指名はオレだぜ?」
「なっ?! てめえ、独り占めする気かよ!」
狂の長刀が空を一閃した。それだけの動作で、二人の首が飛んだ。
じゅういち、と唇が動いた。残りの人数をかぞえている。
機嫌がいい時の彼の癖だった。

「あーあ…」
梵天丸は溜息をついて、道端に座り込んだ。
「止[や] めんのか、梵」
こちらも手持ち無沙汰な様子で岩壁に寄りかかりつつ、アキラが声をかける。
「だってよお…こういう時に邪魔すっと、あいつメチャクチャ機嫌悪くなんじゃねえかよ」
「…だな」
アキラは苦笑した。この漢は、喧嘩は大好きなくせに重たい雰囲気は苦手なのだった。

そうするうちにも、刺客の姿はひとり、またひとりと血の海に沈んでゆく。
刺客だろうか? 賞金稼ぎか何かかもしれない。
(まぁいいや)
とアキラは思う。どうせ知ることもないのだから。
ご、と狂が呟いた。

 

―――さん。

「!」
背後に別の声を聞いて、アキラは反射的に振り向いた。
ひゅう、と梵天丸が口笛を鳴らした。

 

「ひ…た、助けてくれっ」
仲間二人を斬り殺された賞金稼ぎの残党が、哀れっぽく懇願しながら後ずさった。
それを追って一歩、朱の高下駄が砂を踏んだ。

ああ、と漢は息を吐いた。白い面[おもて] からは血の気が引いているのに、唇だけがうすい紅を刷いたように赤い。その唇で、彼は微笑した。

―――やっとみつけた。

 

そう聞こえた。
琥珀の瞳が、炎を抱いたように光る。
空気が揺らいだ。陽炎に似ていた。
昨夜と同じだ、とアキラは思った。まるで、今にも。

 

ぼっ。
抜き放った刃の先が、火を噴いた。
「安心して」
漢はいっそ優しげにささやいた。
獲物になった賞金稼ぎは悲鳴を上げようとしたが、呼気がかすかに咽喉で渦を巻いただけだった。

「今、オレ機嫌がいいから。
ひと思いに、殺してあげる」

真一文字に薙いだ刀身から、目映く火の粉が散って。
ほんの一瞬、鳥の翼に似た軌跡を形づくった。

 

 

狂が最後の一人を袈裟懸けに斬り下ろし、刀の血を払った。
真紅の瞳が、楽しげに細められている。陽炎に踊る金糸の髪を追って、視線がゆるりと揺れた。

―――気に入ったのだ、あの漢が。

アキラは軽く唇を噛んだ。
俺よりも強い、あの漢が。

面白ェな、と梵天丸がひとりごちた。
「ああ」
狂は一歩、前に出た。ざり、と耳障りな音がした。土が焦げているのだ。
アキラは彼を呼び止めようとした。狂。

けれど声が出なかった。
(あいつは敵だ)

そんなことは。
狂にはどうでもいいことなのだ。

 

「おまえ、オレ達と来るか」
金眼の漢は、しばらくの間、食い入るように狂を見ていたが、やがて頷いた。

「なら来い」
「ちょっと…狂!」
アキラは今度こそ声を上げた。
「もう少し、こいつが何者かとか…」

「ああ、そうだった。おまえ、名前は?」

 

漢の色素のうすい瞳は、未だ炎の輝きを残して赫かった。
その視線がふいと、遠くを見るように逸れるのを、アキラはただ見ていた。

「……ほたる」
似合[つか] わしくない名だ。
風に乗る声音は研ぎ澄まされた刃のようで、寒くもないのにふと背筋が冷えた。
かすかに震えた指の先を、アキラは手の中に握り込んだ。

小指の爪先が、掌にちいさな痕を残した。

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