今月の作品紹介

「Petshop of Horrors」 秋野茉莉 著
月刊アップルミステリー掲載(1994~1998年)
「その扉を開ければ、貴方の最後の希望が手に入るでしょう」

所はアメリカ、「世界の不思議が集まる魔都」・中華街。うさんくさい舞台にアヤシゲな主人公。この泉鏡花の如き設定のもと、人々とD伯爵、そして「D伯爵のペットショップ」の動物たちとの関わりが時に怖ろしく、時に幻想的に描かれる一話完結式のシリーズもの。全10巻。とか言うととっつきにくそうだが、最初は「謎多き麗人」という雰囲気だったD伯爵は2巻あたりから早くも壊れ始める。特に市警のオルコット刑事と互いのペースをハデに乱し合う様は、見ていて大変微笑ましい。人とはこうしてどつき合い、さげすみ合いながら成長して行くものなのであろう。身につまされる良い話である。
友情を推奨してやまない当編集部の特筆ポイントは、やはりこの伯爵とオルコット刑事との奇妙な友情である。現実主義で神秘や不思議を信じない刑事さん、そして人間相手に愛想笑いで商売をしつつ、実際には人間を憎んでいる伯爵。彼らの交流が、少しずつ互いの頑なな心を溶かしてゆく様だけでも、上質の人間ドラマと言える。そこに絡む、信頼、憎悪、嫉妬、希望、さまざまの人間模様。これらは、きっと読む者の心を強く打つことであろう。

 

&キャラ紹介


レオン・オルコット

市警の刑事。D伯爵のペットショップに出入りする客が次々と不審な死を遂げる事に気づき、伯爵の身辺を探る。いつも伯爵の店で茶を飲んでサボっているように見えるが、実は市警の若手の中では検挙率No.1。人間見かけでは計れない。伯爵を追っては逃すその様は、さながらルパンと銭形警部。
人情に厚く、正義感の強い好漢。野生の勘に頼った体当たりの捜査で死にかけること多数。本人は知らないが、伯爵がいなければ4回は死んでいる。もしこのことを知ったら、彼は静脈が逆流するくらいイヤがることであろう(本人談)。伯爵とはまるで天敵か親の仇のように顔を合わせるたび喧嘩をしているが、本当はすごく仲良しという複雑怪奇な友情を築く。わかりにくい(そしてある意味とてもわかりやすい)友情を愛する方にお薦め。勘が鋭く、動物や魔物たちの声が聞こえたり聞こえなかったり(酒が入った時には聞こえる)。見た目そっくりなD伯爵とD伯爵の父の区別がついたりつかなかったり。周囲に「勘だけはいい」と大好評だが、あまり役に立ったことはないようだ。もう少しがんばりましょう。


年の離れたレオンの弟。6歳。愛称クリス。母親が高齢出産でクリスを産む時に死亡したため、親類の家の子供として育つ。母親が自分を産んで死んだことを知ったショックで口が利けなくなる。専門の施設に預けられる筈だったが、結局実の兄であるレオンが引き取ることに(しかし実際には伯爵のペットショップに預けっぱなし)。勘のいいところは家系らしく、クリスには伯爵の動物たちの声がはっきりと聞こえ、彼らが人間の姿に見えている(キューちゃんのみ例外)。伯爵と動物たちとレオンとは、声が出なくとも会話が可能。明るくて素直な性格。ちょっと泣き虫で喧嘩には弱く、「本当にあの刑事の弟か」との意見がペットたちの一部にあり。伯爵のペットばかりか、時折外の動物すら人間の姿に見えてしまうため、初恋の相手は猫というたいそう気の毒な少年。サボテンと口づけを交わしたレオンの弟として合格ラインと言えよう。お兄ちゃんの影響か、末はFBIの捜査官。伯爵の息子と関わることになる。


クリストファー・オルコット


キューちゃん

角ウサギ。発祥地不明。見た目からすると陸海空オールOKという感じだが、まだ泳いだという報告例はない。伯爵のペットで、ほぼ常時伯爵の側にいる。レオンとは天敵らしく、レオンが伯爵に暴力的な振る舞いをするとよく手や足に噛みついている(まったく効果はないが)。伯爵のピンチにはたびたびメッセンジャーとして役に立つ。レオンとは天敵なのに時々言葉が通じる。クリスですらキューちゃんの言葉は解さないというのに、いつの間に彼らに言葉が通ずるまでの深い絆が芽生えたというのであろうか。天敵同士であることが互いを意識させ、他者には知りようもない心と心の繋がりができあがっていったとでも言うのか。それはさておき、一見ただの角ウサギのキューちゃんだが、実はスゴイ秘密を抱えている。それはD伯爵の出生や奇妙な体質の謎、姿を現さない彼の祖父、また彼の父とすら分かちがたく結びついている。本当のことなのにものすごく嘘くさいのは何故だ。このつぶらな愛くるしい瞳がシリアスに徹することを許してはくれないのか。やるな。さすが天敵(無関係)。

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