約束

天[そら] が光った。

長い時を置いて小さく轟いた雷鳴に、ああ、雨が降り始めるのはまだ先だな、などと。
ぼんやり考えたのを覚えている。

アキラが何か喚いている、その声も少し遠い。
顔を上げると、細い肩越しに見える彼方の雲から、また生き物のような白金の糸が千々に乱れて。

空気を震わせて。世界が光る。

情景からは、色彩というものがまるで欠けていて、ほたるは目を瞬[しばたた] いた。

(オレ、色盲だったっけ?)
くだらない疑問を口にする前に、先刻から黙って隣に座っていた灯が、宥める調子でアキラ、と呟いた。
「狂がああ言い出したら、何を言ってもムダよ…?」

錫杖の先の環が、幽かにちりり、と鳴った。
長い髪が肩口から背へと流れ落ちる、
衣擦れに似た音までが、ひどく鮮明に鼓膜を刺した。さらり。

 

灯のことばが、どこか自身に言い聞かせているように響くのは、たぶん気のせいで。
「そうそう。きっと他にやりたいことでもできたんでしょ?」
後を継いだ自分の台詞も、まるで普段通りで、わざとらしいくらい。

 

動揺してるのなんてアキラひとり。だって俺は、
(はじめから知ってたんだから)

いつまでも、同じ道を進んでいく、なんて無理だってこと。
俺はずっと独りで、五人でいた時だって独りで、
たまたま俺が歩いてたおんなじ道を、こいつらも少しの間並んで歩いてた、ただそれだけだってこと。

一緒にいられるのは、行先が分かれるところまで。

(…そっか)
今が分岐点なんだ、と思う。

だから。もう五人の時間は、おしまいなんだ。

 

 

 

気づいたら、森の中を歩いていた。
無意識に、迷いなく往く漢の背を追っていた。

「…狂」

濡れたような漆黒の髪が風に靡く。振り返らない。
引き止めるつもりはなかった。
狂が、今まで通り「最強」の称号のみを求めて行くのなら。俺の好きな強さで、

投げかけた問いに、彼は決まってんだろ、と事もなげに応えた。
―――俺のあこがれた、その強さで。

 

雨の匂いがする。頭上から撒かれる閃きで、世界は時折彩度を失う。
その内で、鬼の眼だけが紅く、爛々と。

 

誰かと口約などしたこともないのに。
ふと唇から零れ出る。

「…約束だ」

大抵指摘されるまで気がつかないのに、今は自分が笑っているのがわかった。こういう時に笑うのって変かな。
だけどはじめから、終わることなんて知ってたんだから、
悲しくなったりするわけないし。

「必ず…」
言い募る己の声が、『約束』に縋ろうとしているようで。
続く言葉が、急に見つからなくなった。

 

狂の背が遠ざかる。
ほたるは俯いて、必ずだよ、と囁いた。

雨滴が頬を叩き、涙のように流れ落ちた。

切な系100のお題 No.57「約束」
「SAMURAI DEEPER KYO」~ほたる