プラットホームは寂しげなモノクロで、周りをふちどるあざやかな街路樹の緑が、奇妙に浮き上がって別世界のもののように見えた。
殺意
2番線の際[きわ] に引かれた頼りない白線を踏んで、見慣れた背中が立っている。
そちらへ一歩踏み出すと、かつん、とコンクリートが無機質に鳴った。
「梧桐君」
上半身だけで彼は振り返った。
光の加減だろうか、その姿はどこか、この無彩色の海に沈んでしまったみたいに淡い。
おまえか、と梧桐は呟く。表情に、かすかに当惑に似た陰がよぎる。
当惑か、あるいは、哀れみか。
その理由を、自分は知っていた気がするのだが、頭の芯がぼんやりして、どうしても思い出せない。八樹は諦めて、当り障りのない言葉を選んだ。
「珍しいね、遅刻なんて」
ふん、と梧桐は鼻を鳴らした。見下ろすと、制服の肩が破れていた。
たぶんまた喧嘩だろう。
左頬にちいさな擦り傷があったが、勝敗は訊くまでもなさそうだ。
(…君は、強いから)
だから、いつも振り向くことなく俺の前を歩いている。
背中を見慣れているのは、彼が常に自分の前を行くからだ。
駅のアナウンスが、特急列車の通過を告げた。
八樹は、梧桐の斜め後ろに立った。
もしも、今。
いつも自分を導くこの背を、いつも自分を縛りつけて放さないこの背を、
ほんの少し、押したなら。
解放、される、だろうか。
電光掲示板の文字のように切れぎれに、ことばが明滅しながら、心をよぎっていった。
列車が左手からホームに滑り込んできた。
唸るような空気の流れが鼓膜を打った。
八樹は身体の前で両手を組んだ。
走り去る車窓に映り込んだ指の、関節がやけに白く、
かすかにふるえるのを、ただじっと見送った。
切な系100のお題 No.18「殺意」
「明稜帝梧桐勢十郎」~八樹宗長
辻斬り事件直前あたり。