―――嫌いなものばかり増えていく。

 

 

雨は嫌い。水も嫌い。

雨粒は落ちて、地表を流れていくのに。
風は無遠慮に、体温を奪って流れていくのに。
ほんとうは何ひとつ流れてなんかいない、この土地が嫌い。

 

「寒ィな。窓閉めろ、熒惑」

遊庵の抗議を無視して、熒惑は窓の桟に腰を掛けたまま、糸引く雨垂れを見ていた。
慣れているのか諦めているのか、遊庵はそれ以上食い下がらず、卓上に書類を広げた。こんな時、あの異母兄ならば、風邪を引くだのとどうでもいい理由で、無理にでも室内に引き入れるのだろう。あの漢も、大嫌い。

これ見よがしの押しつけがましい親切心が嫌い。
自分に非なんてひとつもないと思ってる、その態度が嫌い。

 

飛沫が左腕に跳ねて、熒惑は眉を寄せた。
桟を蹴って、部屋の中にもどった。そうして障子を閉めた。

それでも音は入り込んでくる。
本当、まるであの漢みたい。

 

このままここで。
流れていかない時間の中で、時折にせものの流れの音を聞きながら、

望みもしない永遠を、自分は生きていくのだろうか。ならば、

 

熒惑は窓辺に座りこんだ。
「…ねえ、ゆんゆん」
「遊庵師匠って呼べっつってんだろ」
振り向きもしない漢の背は、いっそ快い。

「いのちって何のためにあるのかな」
ぴくりと肩が揺れた。けれど、それだけだった。

ああ、彼の背中のあの文字、どんな意味だったっけ。

「…んなこた自分で考えろ」
少しの間をおいて、遊庵は返した。どこかで聞いた言い回しだったが、その言葉はなぜか胸の奥にすとんと落ちた。
「……そうする」

 

雨の音が追いかけてくる。
(そうだ)
自分で考えろって、よく狂が言ってたんだっけ。

―――ほたる。

優しい響きの名前。
自分にはそぐわない気がして、呼ばれるとくすぐったかった。
明るく笑いながら、時には怒りながら、泣きながら。
あの場所ではたくさんの人が、その名を呼んだ。

ほたる、ほたる、ほたる。

 

蒼い月みたいな色の瞳。
凛と澄んで響く、錫杖の音。
風に靡く長い黒髪。
気づけば顎の無精髭を撫でていた、大きくて無骨な手。

雨の日に、迎えにきてくれた傘を叩いていた、その水音。
気が向いただけだと、怒ったような顔で。

 

嫌なことばかり思い出す。
かえらない昔ばかり思い出す。
容赦なく傷口を叩く、

 

この雨は、嫌い。

切な系100のお題 No.04「雨」
「SAMURAI DEEPER KYO」~熒惑